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福岡高等裁判所 昭和29年(う)125号 判決 1954年3月31日

控訴人 被告人 野尻昭光 外三名

弁護人 石坂繁

検察官 長田栄弘

主文

本件各控訴を棄却する。

理由

被告人等四名の弁護人石坂繁の控訴趣意は、記録に編綴されている同弁護人提出の控訴趣意書に記載の通りであるから、これを引用し、右に対し当裁判所は次の様に判断する。

右控訴趣意第一点の一の1及び第三点の1について。

原裁判所の押収にかかる証第一号の「申合セ証」と題する書面には「今般協議ニヨリ白石政広、白石重吉、古沢吟二、野尻喜三郎氏トハ冠婚葬祭屋根普根替税金ノ集金等一切ノ交際ヲ遠慮ナス事其ノ理由ハ云々」と所論弁疏に符合するような記載があるけれども原判決挙示の各証拠就中証人古沢吟二同白石政広同白石募同白石重樫(第一回第二回)同白石定行の各供述に徴すれば、右記載の趣旨は原判示の通り「爾今右四名等と冠婚葬祭等一切の交際を絶ち仲間外しにする意味の誓約を為し」たものと解するのが相当である。而して、本来、右四名に対し交際を為すかどうかが被告人等及びその他の部落民等各個人の自由に任されていることは所論の通りであるけれども、原判示の様に被告人等が右四名を除き被告人等を含む肩書大字河原の市野尾部落十八世帯を糾合し全部落結束して右四名に対し上叙冠婚葬祭等一切の交際を断ち仲間外しにすることは、右四名の自由及び名誉を毀損する害悪に該当し斯る交際断絶の申合せを為すことはもはや被告人等の自由権の範囲を逸脱し許容されない所と言わねばならない。従つて、右と反対の見解に立却し右申合せを以て何等害悪になる様な内容を包含しないものと為し、延いて原判決の事実誤認或は理由不備を主張する右論旨は、これを採用することができない。

同第一点の一の2及び第三点の2、3について。

原判決が本件害悪の告知に関し説示する所は、やや明確を欠く嫌があるけれども、本件被絶交者四名の内先ず古沢吟二に対する告知に関しては、同人の面前で本件絶交の誓約及びその書面の作成が為されたことを明示しているから、判文自体に照らし疑義を生ずる余地はなく又その余の三名(野尻喜三郎白石重吉白石政広)に対する告知に関して、原判決が挙示している「被告人等の公判廷における集会並びに同集会における申合せ及び右申合せの文書作成等の事実に対する自供」その他の各証拠を綜合すれば、前記「十八世帯を糾合し」て為された申合せは前記市野尾部落の供出米補正割当に関し昭和二十六年一月十九日同部落全世帯の代表者が集会した公開の席上で為され而も右野尻喜三郎及び白石重吉の各家族も右集会に出席(尚白石政広も当初列席していたが申合せ証作成前に退席帰宅)していたことが明らかであるところ、斯る全部落民集会の公開の席上で共同絶交の申合せが行われたときはそのこと自体部落居住者一般に右申合せを周知させる状態に置いたものと解することができるのみならず、本件においては現に其の後野尻喜三郎は前記古沢吟二から白石重吉は右集会に出席した長男から何れも右申合せの内容を聞知し又白石政広も右申合せの内容を聞知して本件告訴を為すに至つたものであることを看取することができるから、結局原判決の事実摘示とその証拠説明とを彼此照合して考察すれば、原判決には所論告知の認定及び判示方において瑕疵はないものと言うべく、従つてこの点に関し原判決の事実誤認或は理由不備を主張する右論旨も亦採用することができない。

同第二点について。

勿論、前述の様な部落民共同の絶交も、社会通念に照らしかかる絶交を受けても止むを得ないと認められる様な非行が被絶交者の側に存するときは、その違法性を喪失し犯罪を構成しないこと所論の通りであると言わねばならない。そこで、本件絶交の原由となつた事情について検討して見るのに原判決挙示の証人古沢吟二同白石政広同白石募同白石重樫(第二回)同白石定行の各供述(尚右挙示にかかる以外の証人森功同白石富忠の各供述、白石一白石蓮の検察官に対する各供述調書の供述記載を参照しても同旨)に徴すれば、昭和二十五年度産米の供出補正割当に際し被絶交者の一人野尻喜三郎が村当局に対し前記市野尾部落のため不利益な言辞を洩らしたこと而して右は野尻喜三郎と加入農業協同組合を同じくする爾余の被絶交者三名との話合に基き為されたものである(因みに肩書居村内に野尻農協と公正農協の二者があり、右市野尾部落中本件被絶交者四名のみが後者に加入し他はすべて前者に加入していたこと参照)と言うことが右絶交の理由となつているものと認められるところ、右被絶交者四名の間にかかる話合が為されたことを窺知するに足る何等の事蹟も見出し難く、又右野尻喜三郎において洩らしたとされている前記部落のためいわゆる不利益な言辞の内容も、前記市野尾部落は供出補正割当を四割九厘貰えば完納できるとか(原判決挙示の証人古沢吟二同白石政広同白石募被告人野尻昭光の原審公判廷における各供述、尚右挙示以外の白石一及び白石蓮の検察官に対する各供述記載も同旨)或はくず米でもよいなら第一次補正を受けただけで完納できるとか(原判決挙示の証人白石重樫の供述)と言う類のものであつて、単に同部落に対する供出米補正割当についての意見を述べているに止まりそれ自身何等非道義的なものを包含していないのみならず原審証人原田甫(本件当時の村長)の供述によれば、当時右野尻喜三郎が同証人方に来り「自分の部落の割当は楽でない」旨洩らしたことはあるけれども、「自分の部落は四割補正を貰えば十分である」と言う様なことを言つたことはなく、尚同証人が被告人野尻昭光を呼んで供出割当について事情を聞いた際も右の様な野尻喜三郎の話は全然していないと言うのであり(尚原審証人野尻喜三郎の供述も固より同旨)、本件絶交の主唱者たる被告人野尻昭光において右野尻喜三郎が村当局に対し供出米補正割当に関し右部落のため不利益な話をした旨他に吹聴していることの外、右の様な不利益な言辞を弄した事実を認めるに足る何等の根拠も記録上見出すことができない。更に、前掲証第一号の「申合セ証」に絶交の理由として挙げられている「倉庫、道路ニ反対云々」と言う点についても、先ず古沢吟二において同部落の農業倉庫建築及び道路開設に全面的に協力したことは原判決挙示の各証拠その他記録全部を精査しても争う余地のない明白な所であるから、右の一事に照らしても右「倉庫道路ニ反対云々」の件が右古沢吟二を含めた四名に対する本件絶交の真の原因とは認められないのみならず、右倉庫及び道路の建設に協力しなかつたとされる爾余の三名についても、原審証人白石重吉同白石政広の各供述によれば(イ)白石重吉は当初前記農業倉庫の建築に協力していたがその工事進行中些細なことから部落民と感情の疎隔を来して脱退し、そのため延いて右倉庫建築と関連する道路普請にも感情的に協力的できなかつたと言うのであり、又右証人白石政広同白石重樫(第二回)の各供述によれば(ロ)白石政広は当時七十歳余の老齢であつたため協力できなかつたことが窺われ、尚又原審証人野尻喜三郎(特に第二回)の供述によれば(ハ)野尻喜三郎は右倉庫建築当時家庭内の人手も不足し資金関係も窮していたため之に協力できず道路普請もその三四年前に同人等が同部落本道の改修を為した際部落民の協力を得られなかつたことに関する憤懣の情から協力しなかつたことが窺われるから、右三名の非協力については夫々斟酌すべき事情が存在したものと言うべく、之等を以て一方的に同人等の非行と断じ部落民共同の絶交に値する事由と認めることもできない。然らば、結局、本件絶交に関し、社会通念上該絶交を正当視すべき被絶交者側の非行その他の事由は存在しなかつたものと言うべく、従つて原判決がこれを刑法第二百二十二条第一項の脅迫罪を構成する違法なものと認定したのはまことに相当であるから、この点に関し原判決の事実誤認を主張する右論旨も亦採用することができない。

以上説示する通り本件控訴趣意はすべてその理由がないから、刑事訴訟法第三百九十六条に則り本件控訴を棄却することとして主文の様に判決する。

(裁判長裁判官 谷本寛 裁判官 藤井亮 裁判官 吉田信孝)

控訴趣意

第一点原判決は刑事訴訟法第三百八十二条に違背する違法(事実誤認)がある。原判決が罪となるべき事実として判決理由に摘示するところは「被告人等は同人等居住の阿蘇郡野尻村大字河原字市野尾部落内の野尻喜三郎、白石重吉、白石政広及び古沢吟二を目してかねて部落の共同事業に協力せず部落の平穏を紊すものとして憤懣を感じておつたところ、たまたま同年度供米補正割当に関する事に端を発し昭和二十七年一月十九日被告人野尻昭光方に於て右古沢吟二の面前で被告人野尻昭光の主唱に他被告人三名之に同調し、共謀の上同部落二十二世帯中前記四名を除き被告人等を含む十八世帯に糾合し、爾今右四名等と冠婚葬祭等一切の交際を絶ち、仲間外しにする意味の誓約を為し更に之を文書に作成して世帯主をしてそれぞれ署名押印せしめ以て前記四名に対して同人等の自由及び名誉に対して害を加うべきことを以て脅迫したものである」と言うてあるが本件被告人等の行為を以て脅迫となすのは事実の誤認である。

一、凡そ脅迫罪が成立するには人を畏怖せしむる目的を以てする害悪の告知を必要とすること学説判例の一致するところである。

1、然らば本件に於て何を以て害悪となすか。原判決の摘示するところによれば「……爾今右四名等と冠婚葬祭等一切の交際を絶ち仲間外しにする意味の誓約を為し、更に之を文書に作成して世帯主をしてそれぞれ署名押印せしめ」たことを言う様である。成程判示の会合に於て文書が作成され之に世帯主をして署名押印した事実はあるけれども、右文書は「被告人等を含む十八世帯が相談して同人等に対し冠婚葬祭等一切の交際を遠慮する旨申合せてその旨の文書が出来た」(昭和二十七年七月二十四日第一回公判調書の被告人等四名の冐頭陳述)のであつて、之は原判決に言うが如く四名の者に対して一切の交際を絶ち仲間外しにする意味の誓約ではない。即一切の交際を遠慮するというのである。四名の者が自由及名誉権を享有し得ると同時に、又それと等価値に於て被告人等を含む十八世帯の者も自由権を享有し得る筈である。而して非協力的な四名に対して交際を強制される理由は毫もないのである。交際を遠慮することは被告人等の自由でなければならぬ。交際を遠慮する趣旨の申合をしたからと言つて、それは被告人等の自由であり未だ以て四人の者の自由及名誉権を侵害する害悪であるとは言えないのである。

2、而も被告人等を含む十八世帯主による誓約と文書の作成は単にそれ丈けの行為であつて、四人の者に対して何等告知をしていないのである。縦令古沢吟二がその席に居合はしたからとて、同人に対しても何等告知して居らず、況やその席に居合はせなかつた他の三名の者に対しその告知があつたとはどうしても言へないのである。故にその点から観ても本件被告人等の所為は害悪を告知したものとは言えない。然るに之を害悪とその告知があつたとする原審の認定は事実の誤認である。

第二点原判決が本件被告人等の所為を以て有罪となした事は法令の適用を誤りたる違法がある。

抑も野尻喜三郎外三名の者が部落の協同事業並に昭和二十五年産米の供出に非協力であつたことは記録を通じて明かであり又原判決も認めるところである。斯くの如き非協力者がありては部落生活の平和と繁栄は期し難きことは自明の理である。

されば被告人等が此等非協力の四名に対して一切の交際を遠慮するとの申合をなしたことは真に止むを得ざる行為であると言わねばならぬ、「絶交の通知と雖も、違法性を有するときに限り、本罪を構成し、背徳又は破廉恥行為に対する社交上並に道徳上の制裁として之を為す如きは本罪を構成せず」との説あり(吉田刑法四一六、大判大正三(れ)一七〇六同年一一、二九同上大正二(れ)一七〇六、同一一、二九)又「多衆共同の絶交が正当なる道義上の観念に出で被絶交者が其非行に因り自ら招きたるものなるときは、所謂違法性を欠くものとして無罪なり」と主張さる(大判大二(れ)一七〇六同年一一、二九)(以上学説判例総覧改正刑法各論下六二〇頁)然るに本件被告人等の所為は全く茲に引用する学説判例の趣旨に一致するものであつて仮りに被告人等の所為を以て害悪の告知ありたりとなすも無罪とすべきである。然るに原判決は之を以て有罪となして居るのは法令の適用を誤りたる違法がある。

第三点原判決は理由不備の違法がある。原判決は被告人等がなしたる誓約及文書の作成並署名押印の事実を認定し、更に「以て前記四名に対して同人等の自由及名誉に対し害を加うべきことを以て脅迫したものである」となしている。而し此の判示の趣旨では、1、何を以て害悪と認めたのか、2、脅迫罪の成立には害悪の通知を必要とすると言うのか、通知は必要としないというのか、3、若し通知を必要とするという趣旨ならば(1) 被告人等は如何なる方法を以て通知したと言うのか、(2) 或は誓約を為して文書の作成及署名押印の行われた場所に古沢吟二が居合はせたので害悪の告知があつたとなすのか、(3) 古沢吟二が誓約の趣旨を了知したからそれが直ちに他の三名に対する害悪の告知があつたことになるとの趣旨であるのか、

以上の諸点は原判決には何等の説明も加えず又証拠の標目によりてもそれは判らないのである。結局原判決は判決に理由を附せざるか、理由不備の違法があると言わなければならぬ。

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